
メインメニュー
サブメニュー
週間ランキング
週間いいねランキング
累計いいねランキング
SNSほか
AVのタイトルは長い。
異常に長い。
もはや作品名なのか説明文なのか分からない。
シチュエーション
人数構成
属性
プレイ内容
感情
関係性
主観
煽り文句
あらゆる情報が、一つのタイトルに押し込まれている。
しかしこれは単なる悪ノリでも、 業界特有のセンスでもない。
むしろAVタイトルの長文化は、
「情報過多時代、検索がどう壊れていくか」
を象徴する現象なのかもしれない。
タイトルが“作品名”ではなくなった
本来タイトルとは、 作品を識別するためのものだった。
例えば映画なら、
『ジョーズ』
『リング』
『アバター』
のように、 短い固有名だけで成立する。
しかしAVではそうなりにくい。
なぜならユーザーが探しているのは、 「作品」ではなく、 “条件集合”だからだ。
例えばユーザーは、
男1女2なのか
男2女1なのか
恋人感なのか
支配感が強いのか
明るい雰囲気なのか
刺青があるのか
毛があるのか
など、 かなり細かい条件を見ている。
しかし現在のタグシステムは、 その解像度に追いついていない。
すると本来タグ欄にあるべき情報が、 タイトルへ流出する。
つまりAVタイトルは、
「作品名」
ではなく、
「検索補助テキスト」
へ変化している。
ユーザーがしているのは“検索”ではない
ここで面白いのは、 ユーザー行動の方だ。
多くの人は、 「おすすめ作品」を探しているわけではない。
実際にやっているのは、
“地雷除去”
である。
これは違う
この空気感は嫌
人数構成が違う
求めているテンションじゃない
そうやって大量の候補を除外している。
つまり現代のAV検索は、
「探す」
というより、
「避ける」
に近い。
しかも供給量が増えるほど、 この傾向は強くなる。
昔の検索は、 「見つける技術」だった。
しかし情報が増えすぎた現代では、
「除外する技術」
の方が重要になり始めている。
だからユーザーは、 作品を探している時間より、
“違う作品を排除している時間”
の方が長くなる。
タイトルを読む行為も、 期待ではなく、 “事故回避”へ変わっていく。
タグは分類ではなく“広告”になった
本来タグとは、 作品を整理するためのものだった。
つまり、
「これは何か」
を明確にするための機能である。
しかし供給量が爆発すると、 タグの役割が変わり始める。
AV市場では毎日大量の作品が追加される。
その環境では制作側は、 少しでも検索に引っかかりたくなる。
するとタグやタイトルが、
「分類」
ではなく、
「露出戦略」
へ変化する。
例えば本来なら、
3P
恋人設定
ソフト寄り
程度の作品でも、
痴女
ハーレム
乱交
淫乱
中出し
NTR
など、 周辺ワードまで含めたくなる。
なぜなら、 検索母数を広げたいからだ。
つまりタグは、 「正確に分類するもの」から、
「少しでも見つけてもらうための広告」
へ変わっていく。
これはAV特有ではない。
Amazonの商品名が呪文みたいになるのも、 SEO記事が不自然なほどキーワードを詰め込むのも同じである。
供給過多市場では、
「正確さ」
より、
「検出されること」
が重要になる。
するとメタデータそのものが、 広告化していく。
長文化は“劣化”であり“適応”でもある
ただ、 長タイトルを単純に悪習と切り捨てるのも違う。
実際、 長文化には合理性がある。
例えば、
地雷回避
ミスマッチ防止
ニッチ需要対応
事前説明
など。
情報量が多いほど、 ユーザーは安心できる。
特に有料コンテンツでは、
「思っていたのと違った」
ストレスが大きい。
だからタイトルは、 どんどん説明過剰になっていく。
つまり長文化は、
「分類システムの劣化」
であると同時に、
「情報過多への適応」
でもある。
ここが面白い。
なぜ改善されないのか
では、 「タグを細かくすればいい」 だけではないのか。
実はそう単純ではない。
なぜなら、 ユーザー・制作側・PFの利害が一致していないからだ。
ユーザーは、 ノイズを減らしたい。
制作側は、 露出を増やしたい。
PFは、 回遊や滞在時間を伸ばしたい。
つまり、
精密検索
強いNG除外
細分類
を進めると、 一部作品の露出が減る可能性がある。
これはPFにとって、 必ずしも利益と一致しない。
つまりAVタイトルの長文化は、 単なるネーミング問題ではない。
「情報過多市場で、検索と分類が広告化していく現象」
そのものなのである。
AV市場は未来のインターネットかもしれない
そしてこの問題は、 AVだけで終わらない。
今のインターネット全体が、 同じ方向へ進んでいる。
YouTubeの釣りサムネ
Amazonの商品名
Steamのタグ
App Storeの説明文
SEO記事
すべて、 「少しでも見つけてもらう」競争になっている。
情報量が増えすぎた結果、
“分類”
そのものが広告化している。
だからAVタイトルの長文化は、 単なる業界文化ではない。
情報過多社会が生み出した、 極めて現代的な現象なのかもしれない。
中野ファザナビの記事のタイトルも「いかに検索に引っかかるか」を意識しながら作っているので、個人的に刺さった記事でした。
でも今はAIの台頭で「中身がスカスカだけど、文字量とタイトルだけ良くて検索上位に来てる記事」とかを見かける事があります。
でも、それはGoogleをはじめとする各検索エンジンも分かってるハズだから、タイトルよりも【中身】がどれだけユーザーに有益か?みたいな指標がこれから絶対大事になるだろうと予測しております!
うりのふさんの元記事はコチラ👇

👇レビューが良かったら「いいね」をお願いします❗
👇レビューが良かったら「いいね」をお願いします❗
【コラム】ジャンル関連記事
【コラム】ジャンル関連記事
コメント