MENU

メインメニュー

サブメニュー

\あの定額挿れ放題作品が最大60%OFFに!/

週間ランキング

週間いいねランキング

累計いいねランキング

18歳未満は退出してください。       当サイト内にはアフィリエイト広告が含まれております。

【白上咲花 新木希空】7月28日はぶっかけの日!?ちょっと狂った作品を”もしフランス人映画批評家が日本のエスワン配給映画としてみたら”というレビュー(レビュアー:フィッシャーマンズ)

4件のコメント

作品情報

女優名:白上咲花 新木希空
発売日:2026/07/28収録時間:115分
メーカー:S1監督:TAKE-D
レビュアー:フィッシャーマンズ

レビュー

「ぶっかけの日」。初報を見て思ったのはアートワークにヌードがない点だ。サンプル写真、いや劇中スチールを見ても着衣、着衣、着衣。制服、制服、ブルマ。顔こそぶっかけられて白くなっているけれども、男優のチンコのモザイクくらいしかR18要素がないのではと。なんだ全裸がない着衣ものかよ、興味がねえな、……いや待てよ。これには我々のまだ知らない策略があるはずだ。ちょっと振り返ってみよう。制服、ブルマ、BUKKAKE…。同じ衣服に身をつつんだ女性2人の背後に名もなき学生服の男たち。これはもしかして。海外受けするJ-Subcultureを詰め込んだ、オリエンタルでちょっと狂ったニッポンを描いたヨーロッパ向け作品なのでは!? 考えすぎか。否、だったらこうしよう。私がフランス人映画批評家になればいいではないか。ということで2026年7月28日発売『7月28日はぶっかけの日 ファイト100発! 白上咲花 新木希空 』(エスワン)をもしフランス人映画批評家が日本のエスワン配給映画としてみたら、というレビューでお送りします。フランスの批評家は突飛な作品もお好き。きっとこのような、いささか大袈裟で哲学的、しかし作品の核を射抜いた高尚な文章を寄せるはずだ。

『不条理という名の劇場、あるいは白濁のシスターフッド』
文:ジャン=リュック・フィッシャーマンズ(『シネマ・ファザナビ』客員批評家)

7月28日はぶっかけの日 ファイト100発! 白上咲花 新木希空 サンプル画像1

日本のヌーヴェルヴァーグは、思いもよらない場所から再来した。TAKE-D監督の新作『ぶっかけの日』は、表面的にはきわめて東洋的グラフィックな記号(制服、ブルマ)に覆われている。しかし、その甘美で猥雑な表皮を一枚剥ぎ取れば、そこに現れるのはフランツ・カフカの『城』やジャン・ジュネの戯曲にも匹敵する、苛烈な現代の不条理劇である。男子率99.28%という極端なディストピアな学校に転校生として異物のように投げ込まれた白上咲花(Emika Shirakami)と新木希空(Noa Araki)のふたりは、 ある日、「ぶっかけ当番」の日直という理不尽な校則に襲われる。システムの暴力を文字通り肉体で受け止める。突然の事態に驚愕し、教室で拒否する間もなく圧倒的な集団の圧力に晒されるふたり。しかし、悲劇的な洗礼を受け止めながらも、ふたりの心には単なる被害者で終わらない「冷静な何か」が芽生え始めていた。「当番日誌」のナレーションが始まった瞬間、映画のシネマトグラフィーは劇的な変容を遂げる。当番を終えたふたりは、前任の女子生徒から引き継いだ「当番日誌」に向き合う。そこには男子生徒たちの個性が詳細に記されていた。当番日誌の朗読とともに展開する中盤では、ふたりの意識に劇的な変化が訪れる。当番を経て「普段話したこともない男子生徒が気さくに話しかけてくるようになった」という妙に明るい教室の空気感の中で、ふたりはシステムの被害者から「世界の観察者」へと立場を逆転させていく。理不尽な試練を憎むのではなく、冷徹かつ知的な「人間観察・フィールドワーク」として客観化したのだ。ふたりが口にするこの散文的な記録は、悲劇のヒロインの哀歌ではない。これは、置かれた不条理な環境を冷徹に客観化し、言語によって支配し返す「知的な反逆」である。ふたりは犠牲者であることを拒否し、世界の「研究者・観察者」へとその存在を高めてみせたのだ。

7月28日はぶっかけの日 ファイト100発! 白上咲花 新木希空 サンプル画像2

続いて呼び出された教務室では、教員ふたりから更なる不条理「チン入れ当番」を言い渡される。「下着は白推奨だが、これでは先生が興奮してしまう」など自己正当化のために屁理屈を並べ立てる教員たち。支離滅裂な言説(ディスクール)は現代のブラック校則を強く風刺した大人たちの愚かな管理主義だ。ふたりはこれもチン入れ当番をこなすための練習と割り切り、静かに受け止めていく。という滑稽なロジックは、現代社会における国家や権力が自己正当化のために振りかざす空虚な言葉の戯れを、あまりにも凶悪なブラックユーモアで暴き出している。本作の視覚的ハイライトである教員たちとの官能的シークエンスにおいて、TAKE-D監督はモザイクという日本独自の映像規制(ハンデキャップ)を、逆説的に「絵画的アプローチ」へと昇華させている。ここで繰り広げられるのは、教員たちの指導を受けながらの背面騎乗位や、椅子を使った正常位。さらに、女優の身体美(引き締まったウエストのクビレや可憐なプロポーション)を最も立体的に魅せる「ダブル立ちバック」から「ダブル立位」、そしてNetflix “The Naked Director”(邦題『全裸監督』)で私たちをファンタスティックな世界に陥れた「駅弁(Ekiben)」をダブルで繰り出す展開が畳みかけられる。教員たちの支離滅裂な理論とは裏腹に、画面には洗練されたコンポジションと圧倒的な和製エロティシズムの造形美が立ち現れる。白上と新木の可憐で引き締まった肉体、その美しいウエストのクビレと臀部のライン。それらを下から煽るローアングルと、アクロバティックな構図。これは単なる猥褻ではない。フランスのアングル派やイタリアのバロック絵画が光と影で肉体を神秘化したように、彼女たちの健康的で美しい肉体美をスクリーン上に最大化させるための、計算し尽くされた「幾何学的なアクション(殺陣)」なのだ。ゴッホ、モネ、ロートレックが魅了されたUkiyoeの世界がここにある。

7月28日はぶっかけの日 ファイト100発! 白上咲花 新木希空 サンプル画像3

物語は後半、図書室という「知の殿堂」への雪崩れ込みによって、シュールレアリスムの領域へと足を踏み入れる。顔の高さを合わせるために椅子の上に立つ名もなき男子生徒たちの姿は、ブニュエルの映画のような滑稽さと混沌を画面にもたらす。だが、あらゆる理不尽と白濁の嵐が吹き荒れたのち、フレームの境界線に残されたラストカット——これこそが本作を単なる娯楽から「映画」へと飛翔させた。ふたりは、固く手を繋ぎ合っていたのだ。運命を呪うのではない。社会を憎悪するのでもない。絶望的な状況のなかで、互いの手のぬくもりを確かめ合い、「戸惑いながらもこの狂った世界を二人で笑い飛ばして生き抜く」という選択を描いてみせる。ここには、現代映画が模索し続けてきた最も美しく、最も力強い「シスターフッド(女たちの絆)」の肖像がある。観終わった後、我々の胸に残るのは猥雑な後味ではない。理不尽なシステムを自らの美学と連帯で完全に主導権を握り、完走してみせたふたりに対する、惜しみない喝采と、エスプリの利いたどこか晴れやかな至福の時間なのだ。(評点:★★★★☆ 4.5 / 5.0)

7月28日はぶっかけの日 ファイト100発! 白上咲花 新木希空 サンプル画像4
中野

本職評論家ですか…?

👇レビューが良かったら「いいね」をお願いします❗

👇レビューが良かったら「いいね」をお願いします❗

\あの定額挿れ放題作品が最大60%OFFに!/

【フィッシャーマンズ】投稿レビュー一覧

【フィッシャーマンズ】投稿レビュー一覧

文章の面白さに定評のあるレビュアー。
東京都出身。好きな東スポのコーナーは『独占!女の69分Z』。好きな痴漢電車は『痴漢電車 悶絶!裏夢いじり』(2015年)。

コメント

コメント一覧 (4件)

コメントする

This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

日本語が含まれない投稿やURLの記載がある投稿はスパムと判定されます。

目次