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SNSほか

私は以前、「なぜAVタイトルは長文化するのか」という記事を書いた。

その中で私は、タグは分類ではなく広告になったのではないか、という話をした。
本来タグは作品を探しやすくするためのものだった。
しかし作品数が増え、市場競争が激しくなるにつれて、タグは検索に引っかかるための武器へと変化していった。
その結果、タイトルは長文化する。タグは増殖する。しかし不思議なことに、情報は増えているのに作品は分かりにくくなる。
今回はその続きの話である。
1.情報が増えるほど説明は減る。
作品ページを見る。長いタイトル。大量のタグ。売り文句。ランキング。おすすめ表示。
一見すると情報は十分すぎるほどある。
しかし実際に知りたいことは意外と分からない。
例えば、この作品の魅力は何なのか。どこが面白いのか。何を期待して見ればいいのか。そうした情報は、むしろ見えにくい。
なぜなら作品ページの目的は、作品を説明することではなく、作品を売ることだからだ。
説明と広告は似ている。しかし同じではない。
2.「とりあえず生」が作品を埋め尽くす
私は別の記事で、AVの「とりあえず生」問題についても書いた。

居酒屋で、「とりあえず生で」と言う人がいる。
必ずしも生ビールが一番好きだからではない。無難だから。外れにくいから。説明がいらないから。
作品も同じかもしれない。市場競争が激しくなると、作品には保険が積まれる。人気要素。定番展開。売れ筋タグ。「入れておいて損はない」と考えられる要素。
すると作品ごとの違いは入口に残る。しかし出口は少しずつ似ていく。マッサージ作品なのに最後は「生」。手コキがメインの作品なのに最後は「生」。フェラチオがメインの作品なのに最後は「生」。
もちろん、それが悪いと言いたいわけではない。ただ、その作品の魅力と市場が安心する要素が一致しなくなることがある。
3.人気と魅力は同じではない
ここで難しい問題が生まれる。
人気作品には人気要素が付いている。すると制作側は、その要素を真似する。しかし本当にその要素が売れた理由だったのだろうか。
人気女優だったのかもしれない。企画が面白かったのかもしれない。宣伝が強かったのかもしれない。それでも市場は共通点を模倣する。
すると人気要素はさらに増える。増えれば増えるほど、ますます重要な要素に見える。
こうして市場は、作品の魅力そのものではなく、魅力がありそうに見える要素を増やしていく。
4.だからレビューを読む
ここで個人レビューの価値が生まれる。
レビューには広告の義務がない。検索対策の義務もない。ランキングに載る必要もない。だからレビューは、作品を売るためではなく、作品を説明するための文章になりやすい。
例えばレビューには、手コキが本体だったとか、タグほどフェラチオ要素は強くないとか、前半は面白いが後半は好みが分かれるとか、そういう話が書かれる。
これは感想であると同時に説明でもある。
むしろ情報過多市場では、レビューの方が作品説明として機能している場合すらある。
5.個人の感想だから価値があるのではない
個人レビューの価値は、個人の感想だからではない。むしろ逆だ。
最適化されていないから価値がある。作品ページは売るために最適化される。タグは検索に最適化される。タイトルはクリックに最適化される。
しかしレビューは違う。
もちろんレビューにも偏りはある。主観もある。誤解もある。
それでも、売るために作られた情報ではない。だからこそ、そこにしか存在しない情報がある。
6.情報過多時代の説明書
私たちは情報が足りない時代に生きているのではない。むしろ逆だ。情報は溢れている。
問題は、説明が失われることである。
タグは広告になった。要素は保険になった。作品説明は販促文になった。だから私たちはレビューを読む。
感想を知りたいからではない。その作品が何なのかを知りたいからである。
情報過多の時代において、個人レビューとは感想文ではない。
失われた説明書なのかもしれない。
中野面白いコラム、ありがとうございます!
確かに最近「SNSにおいて、企業より個人の影響力が大きくなってきた」と耳にしました。
このコラムでその理由が分かった気がしました!
やっぱ企業の「売れるように作られた文」よりも「個人のリアルな意見」の方が信憑性があるような…気がします。
僕のYoutubeも「個人の意見」だからこそ面白いみたいな所もあると思うし(‘ω’)ノ
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コメント
コメント一覧 (2件)
このコラムおもろ。核心ついたいいコラムって思う。
情報が「ないのではなく、溢れすぎてるから」というのがこの時代の象徴